やさいとせかい

「めぐる八百屋 オガクロ」と「走る八百屋カー オガクロ」のオーガニック クロッシングです。

身近なやさいに映るせかい

13日(水)に北堀江のFUTURO/フュトゥロさんに企画していただいたお話会「身近なやさいに映るせかい」をしてきました。

会場に座りきれないぐらいたくさんのお客さんに来ていただいてビックリしました!(◎_◎;)

お話は話の順序を間違えてしまったこともあって、最初がちょっと分かりにくかったなぁと反省しています。それでもFUTUROの蛯谷さんに修正していただいて、最終的には伝えたいことをある程度話せたかなと思っています。

その上で、当日には話しきれなかったことやお話の補足などをここで書いておきたいと思います。

 

まず一番最初に伝えておきたかったことは野菜は「食べ物」である前に「生き物」だということです。

最初の方に「野菜って花咲くんかー?」と言っておられた方がいました。そうなんです!そこがとても重要です。

都会のスーパーなどに並んでいる野菜は基本的に「食べ物」として扱われています。でも野菜は食べ物である前に「生き物」なんですね。タネを蒔き、芽がでて、葉を広げ、枝を伸ばし、花を咲かせ、実をつけて、タネを残し、枯れていくという自然の循環の中に生きています。その循環の中で人間が食べやすいように手を加えてきたのが栽培植物の歴史です。

ただ、高度経済成長期からの分業や工業化の流れの中で、野菜はいつの間にか「生き物」よりも「食べ物」として扱われるようになってしまいました。いまではまるで工業製品や加工食品と同じような扱いになってしまっています。その延長線上に野菜にも花が咲くのか?という疑問があるのだと思います。

町では土すらも触れたことがほとんどないという子供達が増えています。それはそういう環境の中で育った子供達にとってはごく自然なことで、彼らにとっては違和感はないのだと思います。
ただ野菜に花が咲くことを知らない子や、野菜は切ってあると思ってる子供達は、たとえ命を持った生き物であっても「モノ」として認識してしまう可能性があります。それは野菜だけでなく、カブトムシのような昆虫の扱いを見ていても思います。その先にはどんな世界が待ってるんだろう…。

だからこそ野菜を「食べ物」として見るか「生き物」として見るか、ということの分かれ道はもっとも重要な分かれ道です。そしてまさにこのことが「身近なやさいに映り込んでいるせかいの状況」なのだと思います。

 

つづく